(仰天ニュース)2003年SARSは毒王の周とリュウが感染原因?カルロ・ウルバニについても

2020年1月28日に放送される「ザ!世界仰天ニュース」で2002年に中国で発生した感染症SARS(サーズ)について特集されます。

SARSはその後世界中で感染が広がり多くの死者を出しました。

現在中国では新型肺炎であるコロナウイルスが流行しており、SARSの感染と似たような形で流行していると言われています。

そして、SARSが世界各地で感染したのはある男性が原因と言われています。

SARSが世界的に流行した理由と原因となった男性について紹介していきます。

【仰天ニュース】2002~03年に中国で発症したSARS(サーズ)が世界で流行!

SARS(重症急性呼吸器症候群)は、2002年11月に中国の広東省で最初に発生したのを機に世界的に流行した感染症です。

旅行者などを介して世界各地で感染が広がり、最終的には世界30ヶ国で8,422人が感染、916人が亡くなった報告がされています。

特に中国では5,327人が感染して349人が死亡。

次いで香港では1,755人が感染し299人が亡くなっています。

広東省で最初に感染した男性は病院で治療を受けたものの、医師たちは疾患の原因の特定や感染制御についても厳密にはしなかったようです。

さらに、中国政府がWHOに上記の感染症を報告しなかった事で対応策が遅れてしまい、結果的に世界的流行に繋がったと言われています。

 

SARS(サーズ)とは?

SARSはSARSコロナウイルス によって引き起こされるウイルス性の呼吸器感染症です。

感染力は非常に強力で、肺炎を呈した患者の10~20%は人工呼吸器などを必要とするほどにまで重症化すると言われています。

また、致死率は15%前後で24歳以下では1%、65歳以上だと50%と年齢差による差が大きいのも特徴です。

さらに、重症の後遺症が長時間続くことも示されています。

典型的な症状は肺線維症や骨粗鬆症、骨壊死など就業や自己介護の妨げとなるなど人体に非常に大きな影響を与えます。

 

毒王(スーパー・スプレッダー)と言われた周作芬(しゅうさくふん)とリュウとは?

SARSが世界的に流行したのはある2人人物が原因と言われています。

1人は漁業をしていた周作芬(しゅうさくふん)さん。

もう1人は医師のリュウ ジェンルンさん。

周作芬さんやリュウ ジェンルンさんは後に「スーパー・スプレッダー(中国語で毒王)」と呼ばれる事になります。

スーパー・スプレッダーとは

感染症を引き起こす病原体に感染したホストのうち、通常考えられる以上の二次感染例を引き起こす者を指す。

(引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/)

リュウ ジェンルンさんは当時、中国広東省で医科大学で教授をされていました。

奇しくもSARSが最初に発生した場所です。

リュウ ジェンルンさんは広東省の病院で流行していた肺炎患者の治療にあたっており、治療を行う過程で自身も体調不良に。

ただ、SARSに感染しているとは思わず親族の結婚式に出席するためにリュウ ジェンルンさんは夫婦で香港に。

しかし、リュウ ジェンルンさんの症状は宿泊先のホテルで悪化し病院に運ばるもの症状は回復する事なく亡くなります。

SARSによる初の死亡者となったのですが、本当の悲劇はここからでした。

 

ホテルや病院にいた人にも感染

リュウ ジェンルンさんが宿泊していたメトロ・ポール・ホテルでは、エレベーターに同乗した人や同じ階に宿泊していた16人に感染。

感染した理由はについては周作芬さんの咳やトイレでの嘔吐によりウィルスが飛散。

さらに、清掃員が周作芬さんのトイレを掃除した際に使用した道具で別室の部屋を掃除。

そのため同じ階の宿泊客が感染したと推測されています。

感染した人はカナダ、シンガポール、台湾、ベトナムなど世界各国から訪れたビジネスマンや観光客でした。

彼らは感染した事に気づかずウィルスを持ったまま飛行機の乗り自国で感染を拡散させる事に。

また、リュウ ジェンルンさんが搬送されたプリンス・オブ・ウエールズ病院でも50人以上の院内感染者が発生。

さらに、病院で感染した人物から別の人物に次々に感染が広がっていったのです。

また、周作芬さんは自身の影響により130人以上の人物がSARSに感染したと言われています。

このように周作芬さんやリュウ ジェンルンさんは病原体を所持したホストとなり、通常では考えられない二次感染を起こした事から、毒王(スーパー・スプレッダー)と言わる事になったのです。

ちなみに周作芬さんは1ヶ月の入院を経て退院されたようです。

 

カルロ・ウルバニがSARS(サーズ)の感染拡大を止めた!

また、SARSの感染拡大抑制に大きく貢献したイタリア人の男性医師がいます。

医師の名前は「カルロ・ウルバニ」。

プロフィール
  • 名前:カルロ・ウルバニ(Carlo Urbani)
  • 生年月日:1956年10月19日
  • 出身:マルケ州アンコーナ県カステルプラーニオ(イタリア)

カルロ・ウルバニ氏は世界で初めてSARSを新しい感染症と認定し、国際社会に報告した人物です。

彼の活躍によってSARSによる死者の4桁越えを阻止したと言われています。

カルロ・ウルバニ氏は国境なき医師団を経てWHOに入り、SARSが流行する直前は感染症対策の専門家としてハノイで従事されていました。

2003年2月にカルロ・ウルバニ氏は中国から来た中国人患者を民間病院で診断。

(※おそらく周作芬さんが宿泊していたホテルに泊まっていたビジネスマン)

患者の症状からこれまでのにない病気と判断。

さらに、患者が香港経由で入国した事が判明すると中国で流行していた感染症と関わりがあるのではないかと推測。

カルロ・ウルバニ氏はすぐさま中国のWHO職員と連絡を取り情報交換を要求するも断られる事に。

それでもカルロ・ウルバニ氏は患者の症状は新しいウィルスによるものだと確信していました。

最終的に中国人患者は高度な医療が受ける事が出来る香港に送り返されます。

 

執念がSARSからベトナムを救った

そして、カルロ・ウルバニ氏の確信は嫌な形で現れる事に。

患者が入院していた民間病院では体調不良を訴える医療スタッフが続々と発生。

彼らは入院していた中国人患者と同じ症状を発症したのです。

人に感染する事が分かったカルロ・ウルバニ氏はすぐさまベトナム政府にSARSの危険性を唱えます。

最初は全くで相手にしなかったベトナム政府でしたが、カルロ・ウルバニ氏の執念の説得でついにベトナム政府は対策に動く事に。

病院はすぐさま閉鎖され、感染の疑いがある患者も隔離するために転院。

また、カルロ・ウルバニ氏の助言により二次感染対策も取られました。

その結果、ベトナムではSARSの感染が徐々に制圧されることに。

カルロ・ウルバニ氏の活躍によりベトナムでは感染者63名、死者5名と最小限の被害で抑える事が出来たのです。

しかし、2003年3月にカルロ・ウルバニ氏自身がSARSを発症し46歳でこの世を去る事に。

彼の活躍は現在でも語り継がれており、現在流行っている新型肺炎に関してもカルロ・ウルバニ氏の対策が有効的に活用される事を期待したいです。

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