オーストラリアパラグライダー上空1万m事故!エワの生還理由と現在は【アンビリバボー】

2019年1月9日に放送される「奇跡体験!アンビリバボー」で【上空1万メートル決死のパラグライディング】が特集されます。

これは2007年オーストラリアで開催されたパラグライダーの世界選手権の前哨戦での出来事です。

事故に巻き込まれたのは世界選手権で優勝経験のあるドイツ人「エワ・ウィスニエルスカ(エバ・ウィスニエルスカ)」選手。

エワ選手は上空を飛行中に大きく発達した積乱雲(サンダーストーム)に巻き込まれ高度1万mまで上昇してしまいます。

意識も失い絶対絶命の中でエワ選手は助かったのかなどその後について紹介していきます。

【アンビリバボー】オーストラリアパラグライダー事故!サンダーストームで上空1万mまで上昇

事故は2007年2月14日にオーストラリアのマニラで起きます。

この日は6日後に控えた世界選手権の前哨戦も兼ねた練習でした。

エワ選手はワールドカップで何度も優勝を経験しているベテランで、この世界選手権に向けても意気込んでいたようです。

そして、お昼ごろにレースはスタートします。

飛行直後のの天候は穏やかでしたが、飛行開始から30分後に天候が急変します。

高度2,000mを飛行中にエワ選手たちを挟むように雷雲(サンダーストーム)が発生

地上で無線の連絡をとっていたコーチはエワ選手に飛行をやめるように促します。

しかし、エワ選手はコーチの忠告に反対して飛行を続ける事に。

エバ・ウィスニエルスカ選手は、この雷雲をすり抜けて先頭集団に躍り出ようと試みます。

ところが雷雲をすり抜けることは出来ずに雷雨に巻き込まれていまします。

エワ・ウィスニエルスカ選手は上昇気流により秒速40m(時速144km)の速さで上昇。

地上との無線も途絶え気づくとエバ・ウィスニエルスカ選手は高度7,000mまで流されていたようです。

高度7,000mは酸素ボンベがないと呼吸困難になるほど酸素が薄く、気温は-50℃といわゆるデスゾーンでもあったのです。

地上にいるコーチたちも諦めかけていたその時、エワ選手との無線が繋がります。

しかし、繋がったのは一瞬ですぐさま切れてしまいます。

後に回収されたGPSからエワ選手はこの時上空1万mまで上昇していたようです。

エワ選手は上昇中に意識を失いそのまま1万mに到達。

ちなみに生身の状態で上空1万mにいるとわずか6分で死に至ると言われているようです。

そんな中でどうやってエワ選手は生還したのでしょうか。

 

【アンビリバボー】エワ・ウィスニエルスカが助かった・生還した理由は?

エワ選手が助かった理由にはいくつかの奇跡が重なったようです。

1つ目は低酸素応答システムです。

これは人間が低酸素の環境に応えるために備わっているシステムです。

マラソン選手などが高地トレーニングを行うことで酸素を運ぶ量を増やしたりします。

これは低酸素応答システムの強化にあたるようです。

エワ選手は日頃から高度の高い場所で練習していため、低酸素応答システムが強化されていたようです。

さらに、上空1万mという酸素が薄い環境でエワ選手は意識を失っていたことで酸素の無駄な供給を抑えることが出来たのです。

また、積乱雲に巻き込まれる前に上空2,000mを2時間以上飛んでおり、低酸素の環境に体が慣れていた事もプラスに働いたようです。

氷の重さで徐々にエワ選手は落下してゆき、その衝撃でパラグライダーが勢い良く開き飛行状態に戻ります。

さらに、その衝撃でエバ選手は意識を取り戻したのです。

エワ選手は雷雲から外へ出られるコースを見つけた彼女は少しずつ移動していきます。

移動しているとエワ選手の視界に地面が映ったことで希望の光を感じます。

そのままエワ・ウィスニエルスカ選は地上に着陸して奇跡の生還を果たしたのです。

エワ選手によると上昇している時に

自分が生き残れるとは思わなかった。

グライダーは、どんどんと吸い上げられ続け、私は何も見えなくなりました。

そこらじゅうで雷の音がした。

暗くて、何もかもが凍っていた。どうすることもできず、ただ祈るしかなかった。

と感じていたようです。

 

エワ・ウィスニエルスカはのその後や現在は

プロフィール
  • 名前:Ewa Wiśnierska
  • 生年月日:1971年12月3日(48歳)
  • 出身地:ポーランド 二サ

奇跡的な生還を果たしたエバ・ウィスニエルスカ選手は地上に着陸するとすぐさま病院に搬送されます。

幸いにも彼女は体の一部の凍傷と擦り傷程度で済んだようです。

医師よると「彼女が意識を失って体の機能が停止したことにより、奇跡的に極寒の嵐の中から生還できた」と語ったようです。

後遺症なども全くなかったようです。

その理由としてエワ選手が上空1万mで低体温状態であった事から細胞の活動が最小限に抑えられた事だったと推測されているようです。

エワ選手はこのような恐怖体験をしたにもかかわらず治療後に「1週間後の世界選手権に参加したい」とコメントしていたようです。

その一方でエワ選手と同じく雷雨に巻き込まれた中国人のゾンピン選手がいました。

しかし、ゾンピン選手は離陸地点から75キロ離れた場所で発見され、同時に体温の異常低下と酸素欠乏症が原因で死亡していたことが確認されています。

エワ選手が助かったのまさに奇跡的だった事が改めて分かりますね。

エワ選手は現在現役を引退してパラグライダーの指導をされているとそうです。