オーストリアナターシャ3096日監禁!脱出や犯人の生い立ちその後は?【ワールド極限ミステリー】

2019年1月15日に放送される「ワールド極限ミステリー」で10歳少女誘拐監禁事件について特集されます。

これは、1998年オーストリア・ウィーンで当時10歳の少女だった「ナターシャ・カンプッシュ」が誘拐された事件です。

ナターシャは誘拐されてから3096日間(約8年間)も監禁される事になります

ナターシャが誘拐された経緯や監禁生活、脱出出来た理由と犯人の生い立ちやその後について紹介していきます。

【ワールド極限ミステリー】オーストリア10歳少女ナターシャ・カンプッシュ誘拐・3096日監禁事件!

事件は1998年3月2日にオーストリアのウィーンで起きます。

事件に巻き込まれたのは10歳の少女ナターシャ・カンプッシュ」。

プロフィール
  • 名前:ナターシャ・カンプシュNatascha Kampusch
  • 生年月日:1988年2月17日(31歳)
  • 誘拐当時の年齢:10歳
  • 保護された時の年齢:18歳

ナターシャは通学中に突如男に車に乗せられ誘拐されます。

男の名前「ヴォルフガング・プリクロピル」。

プロフィール
  • 名前:ヴォルフガング・プリクロピル(Wolfgang Priklopil)
  • 生年月日:1962年5月14日ー2006年8月23日(享年44歳)
  • 誘拐した当時の年齢:36歳

プリクロピルはナターシャの家から30分ほど離れたシュトラースホフという所にに住むエンジニア。

犯行当時は失業中でした。

プリクロピルはナターシャを自宅のガレージの下に掘った地下室に閉じ込めます。

地下室の広さはわずか6平方メートル。

(画像引用:http://servus.cocolog-nifty.com/)

プリクロピルは脱出しないように「ドアや窓には爆弾が仕掛けてある、逃げたら銃で撃つ」と脅し、出入り口を金庫で塞いでいたようです。

 

警察の失態

ナターシャが行方不明になると警察はすぐさま捜索に乗り出します。

ナターシャが誘拐される際に「少女がマイクロバスに連れ込まれる姿を見た」という目撃証言から、警察はマイクロバスの所有者を調査。

誘拐から数カ月後、警察はプリクロピルの元に訪れマイクロバスの所持理由や家の中を調査。

プリクロピルは「仕事で出たガラクタを持ち帰るため」と説明したり、アリバイについて上手く説明出来ませんでした。

しかし、警察はプリクロピルを不審と思わず自宅を後にしてしまったのです。

また、ナターシャがパスポートを持っていた事から海外にも捜索を広げるものの手がかりは見つからず。

このように警察の失態によりナターシャは約8年間も監禁される事となったのです。

 

6平方メートルの部屋で地獄の生活

プリクロピルはナターシャに「両親の事は忘れろ。お前は俺のものだ」と言って服従させるようになります。

食事や水は少ししか与えられず、食事自体を与えられなかった事も。

空腹にさせる事で逃走させないようにしていたと思われます。

その後、一時的に地下室から出されるもののプリクロピルの1歩後ろで歩くよう指示されたり、家事を手伝わされるなどまるで奴隷のような扱いを受けます。

さらにプリクロピルはナターシャに対して暴行を働く事もしばしば。

ナターシャが歳を重ねると性的暴行にまで発展するようになります。

ナターシャは当時受けた暴行について「叫ぶことはありませんでした。私の体が叫べなかったのです。でも無言で叫んでいました」と発言。

その一方で、後に発売される自叙伝で「無理矢理行為をさせられる事はなかった」と綴られているのです。

少し食い違うがあるため、どちらが真実なのかは分かりかねます。

 

本や新聞を読み独学で勉強

地獄のような生活を送っていたナターシャですが、その中で希望の光を見つけ出します。

それはプリクロピルが持ってくる本や新聞でした。

ナターシャは本や新聞を読み漁り、またプリクロピルが仕事に出かけるとラジオを聞いたりテレビも見ていたのです。

独学で編み物を勉強するなど教養も育んでいきます。

また、プリクロピルはナターシャに女性が成長する上で知る必要がある知識など何から何まで教えるなど、まるで父親のような存在になっていたのです。

 

【ワールド極限ミステリー】監禁されてから3096日後の2006年8月にナターシャが脱出!理由は?

その後、ナターシャが18歳になるプリクロピルは外出を許可するようになります。

ただ、プリクロピルのそばを歩く必要があり「声を出したら銃で撃つ」と脅されます。

そして、2006年8月23日。ついにナターシャが脱出する時が訪れます。

この日車内を掃除機で掃除するよう命令されていたナターシャ。

その時プリクロピルの携帯電話が鳴ります。

掃除機の音がうるさい事からプリクロピルがその場を離れると、ナターシャは隙を見て家を飛び出します。

柵やフェンスを飛びこえ近くの人や家に助けを懇願します。

最初は、通行人から怪しまれ拒否されます。

その後、男性が住む家に飛び込み事情を必死に説明した事で警察に連絡してもらい保護される事になりました。

 

【ワールド極限ミステリー】プリクロピルのその後は自殺?

ナターシャが保護されるとプリクロピルは逃走を図ります。

そして、ナターシャ保護されてから数時間にプリクロピルは電車に飛び込み自殺を図ったのです。

プリクロピルはナターシャを監禁している時「生きて俺を逮捕することはない」と語っており、ナターシャが逃亡した際ははなから自殺するつもりだったのかもしれません。

 

生い立ちは?

プリクロピルは父親がお酒のセールスマンで母親が販売員の元に生まれ育ちました。

また、マザコンだったとも言われています。

生い立ちについて判明しているのはこれくらいのようです。

また、ナターシャが発見された時彼女は18歳でしたが、監禁されていた部屋はまるでキッズルームのような状態だったみたいです。

これに関してはプリクロピルがナターシャに対して永遠の10歳の少女という姿を求めていたのではないかと言われています。

そこにはプリクロピルの母親に対する愛への大きさが影響していた事も考えられそうです。

 

【ワールド極限ミステリー】ナターシャの現在やその後について

ナターシャは保護されてから数日後に会見を開いています。

会見では

基本的に、誘拐されたことが元で、何かを失ったという気持ちは感じられない。

むしろ、タバコとかアルコールをおぼえずにすみ、また不良ともつきあわずにすんだ。

彼は私の人生の一部だった、だから、私はある意味で彼の死をいたんでいる

(引用:https://news.biglobe.ne.jp/trend/0930/toc_140930_6164652048.html)

とプリクロピルを擁護する発言をするなど驚くべきものだったようです。

ナターシャはプリクロピルに長期間監禁された事で、ストックホルム症候群にかかったとも言われています。

ストックホルム症候群とは

誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者についての臨床において、被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう

(引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/)

それが原因かは分かりませんが、ナターシャは両親とは疎遠になってしまったようです。

ナターシャはその後高等教育を受けることに。

さらに2010年には事件の体験を綴った自叙伝「3,096 Days」を出版。

本には
脱出することによって、私は自分を迫害していた人間から逃げることができた。それと同時に、いや応なく近くにいた人を失った
と綴るなど監禁によってプリクロピルに対して親しい感情が生じていたようです。

3,096 Daysは2011年に映画化もされています。

また、本の印税などでスリランカに小児病院を建設。

同じような被害に遭遇した方に寄付金を贈与するなどナターシャは非常に献身的な活動を行っていたという事です。